実になるおはなし
2018/05/14

ももとせ物語 明治150年 挑戦編(6)カゴメ(下)

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※この記事は、中日新聞社様の許諾を得て転載しています。オーシャンブルーさんから「ぜひみなさんにもお知らせしたい」という投稿をいただいたことから中日新聞社様に依頼し、期間限定での掲載とさせていただいております。

▼前編はこちら>>

根付く哲学。熟さぬ夢

「慣例を疑い、変えていくのが一太郎が残したDNA」

トマトソースの製造に成功したカゴメ創業者の蟹江一太郎(一八七五~一九七一年)。販路を広げようとしていた時、出会ったのが名古屋・錦の洋食店「偕楽亭(かいらくてい)」の梅澤角造の次男岩吉だった。
横浜の英語学校を出て、名古屋に輸入食品問屋「梅澤岩吉商店」(後の梅澤、現三井食品)を開業していた岩吉。「トマトソースは必ず伸びる」。将来性を見込み、販売を一手に引き受けてくれたのだ。同い年で、二人は実に馬が合った。
無二のパートナーを得て、一太郎は一九〇六年、自宅の敷地に加工工場を建設。その看板は岩吉が揮毫(きごう)した。そして、ソースに加え、ケチャップなどの製造にも乗り出す。
一太郎と岩吉の強い絆を示すエピソードがある。
大正初期にはトマトを生産する農家も出始め、生産過剰になり、加工業者も激増した。さらに、不況も相まって価格が暴落。ソースやケチャップの値は四分の一ほどになり、事業は存亡の機に立った。
だが、岩吉は卸値を維持。一太郎は契約農家の買い取り価格も守ることができた。一時的に売り上げは落ちたが、逆に商品の信頼にもつながっていく。
この苦境を教訓に一太郎は一四年、地元の資産家らと「愛知トマトソース製造」を設立。家業から企業へと脱皮を図った。

 後にカゴメと梅澤との蜜月関係は二〇一一年に梅澤が三井食品に吸収合併されるまで続く。一九五九年に梅澤に入社し、社長を務めた幸村伸彦(81)は、こう回顧する。「『親戚の会社』と言われたほど。入社当時からカゴメのためならという意識はあった」

会社経営に乗り出した一太郎は、市場開拓に自らも奔走するようになる。見本のトマトソースなどの瓶を入れた布袋を肩に下げ、着流(きなが)しにげた履きの軽装で洋食店が集まる東京、横浜、大阪、神戸へと販路を拡大。会社設立四年で売上高は四倍になった。
設立三年後には「カゴメ印」の商標を登録。由来は諸説あるが、トマトを収穫するかごの目にちなんだと言われる。
晩年をともに過ごしたひ孫の竹内真澄(57)=愛知県半田市=は「かごに入れたトマトが売れなかったころの苦労を忘れぬため」と曽祖父が語った記憶が残る。にぎった手が大きくて包み込まれるようだった。「この手でトマトを作り会社を育てたんだと幼いながらに思いました」

戦後はパン食や洋食が増え、カゴメの商品は一般家庭に定着していく。社長を退いた六二年には売上高は五十二億円、従業員数は千三百人を超えていた。
一太郎が小さな畑でトマトの発芽を見てから百二十年。九代目社長の寺田直行(63)が掲げるのは「トマトの会社から、野菜の会社に」とのビジョンだ。食と健康を担う企業への強い決意をにじませる寺田は言う。「これまでの慣例を疑い、変えていくのが一太郎が残したDNA(遺伝子)」
「でんでん虫 そろそろのぼれ 富士の山」
一太郎は晩年、こんな俳句を添えた水墨画を好んで描いた。何事も地道に努力すれば頂に達する-。トマトに身をささげた人生。その情熱と哲学は今に脈打ち、カゴメは一歩、また一歩と高みを目指している。=敬称略、終わり(この連載は、渡辺泰之、塚田真裕、井本拓志、吉川翔大、本間貴子が担当しました)

 


出典元:2018年4月7日付 朝刊 中日新聞

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28件のコメントがあります。
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  • トマトに身を捧げた情熱と哲学はかっこいいです。
  • 2018/07/18
    トマトも立派に育ち会社も大きく育って行ったのですね。
  • フェイスブックにシェアしました。
  • 祖父母参観で豊田の娘宅に行った折、娘が差し出したのが中日新聞の切り抜き。
    [この記事の続きカゴメ(下)を取って置いて」と頼んでいたことを覚えていてくれたんです。
    既に読んだことは言わずに「ありがとう」と一言
    もう一度読み返しました。
    カゴメ (下)の記事の内容と娘の律義さとで、なんだか嬉しくなってきた日になりました。
  • このような新聞が読めてとても良かったです。
  • カゴメが愛知の会社だと初めて知りました。
    今年名古屋に旅行に行ったので、勝手に親近感を持っています(笑)
    本当にドラマになりそうなお話しで感動しました。
  • トマトケチャップの会社がなんでカゴメなのか不思議に思っていましたが、この記事を読んで納得しました。
    トマトの会社から野菜の会社に 私も定年後野菜づくりに精を出していますが野菜というキーワードに経営のビジョンを置く今のカゴメの経営陣を信頼致します。
  • この記事 豊田の娘宅で読みました。私は以前からカモメの応援者ですが、カゴメのルーツは知りませんでした。
    私が読んだのは上だけで下は読んでいません。
    一粒のトマトの種がカゴメのルーツと知り感銘し、下も読みたいと思っていましたが、上を読んだ日に自宅に帰ったので。。。。
    思いが叶えられました。ありがとう
  • 2018/05/30
    苦労しながらも、成功した物語は感動ものですね。
  • 先見の明がおありだったんですね!